2012-09-18

稲田神社 

茨城県笠間市にある「稲田神社」に参拝。式内名神大社に比定されている古社である。ご祭神は「奇稲田姫命」.式内社で奇稲田姫命を単独で主祭神にしているのは当社だけである。
境内には、母神 手摩乳命、父神 足名椎命の宮もありました。

拝殿は入母屋造り、本殿は銅板葺き総檜流造りです。
神紋は「抱稲」と言われているのですが見当たりませんでした。「三つ巴」紋がいたるところに配置されていただけです。残念。

大国玉神社

 本日二社目は、桜川市にある常陸国式内社「大国玉神社」です。名の通りご祭神は「大国主命」です。こちらの本殿には、宝珠石が7つ納められており日本書紀神代紀に記載されている大国玉神の7つの別名が刻まれているという。大國主神・大物主神・大己貴命・葦原醜男・八千戈神・大國玉神・顯國玉神である。

小さな境内でしたが、かなり気の高い神社でした。神紋は「三つ巴」紋のようです。

本殿は、流造りでした。

高椅神社


栃木県小山市にある「高椅神社」。当社の創立は、景行天皇の四十一年、日本武尊が御東征の折、現在の白旗丘(当社北方約一粁)に御旗を立てられ、国常立尊、天鏡尊、天萬尊の三柱の神を勧請して戦勝を祈願されたのが起源であると伝えられる。
その後、天武天皇の十二年(六八四年)祭神の後裔高橋朝臣が氏祖神磐鹿六雁命を合祀して、高椅神社と尊称するに至った。現在のご祭神は、その磐鹿六雁命(いわかむつかりのみこと)である。磐鹿六雁命は、安房国高家神社の祭神で、料理の祖神である。 参道の赤い灯籠の間を抜けてゆくと立派な楼門がある。

そして再び赤い灯籠の間を歩いて拝殿へ。

ご神紋は「五七の桐」。















本殿は、流造でした。

健田須賀神社



結城市の街中にある「健田須賀神社」を参拝。鎌倉初期に尾張国津島神社から勧請された須賀神社の場所に、式内社 健田神社が合祀されているらしい。

ご祭神は、武渟川別命と素戔嗚命で、神紋は「三つ巴」である。ちょうど、社務所と拝殿を修復されているようでした。

本殿右手のカヤの木が立派でした。

桑原神社

 結城市を八千代町方面へ南下し、一度東へ向かい鬼怒川の手前を再び南下すると「桑原神社」があります。

ご祭神は、豊城入彦命。境内案内には、桑原王の祖・豊城入彦命、天熊人を祭神としているが、他の資料では、主祭神は天熊人(天熊大人命)となっている。『式内社調査報告』では、上毛野君の同族・桑原臣の一派が東国に下り、その祖・豊城入彦命を祀ったのではないかと記されている。




















神紋は「三つ巴」紋。
本殿は、「流造り」らしい。左写真の瓦葺入母屋造妻入りの建物の中に本殿はあるのだろう。

一言主神社

 式内社ではないですが、常総地方で最も有名な「一言主神社」へ寄る。

一言主神社の社伝によると、大同四年(八〇九)現在の社殿の西方に雷光を放つ筍(たけのこ)が生え、数夜にして三岐(みつまた)の竹に成長した。不思議さに村人が行者に祈祷させたところ、一言主神の託宣があり、この地に社殿を造営し、大和国(奈良県)葛城の一言主神を迎え鎮斎したのが創祀と伝えられている。一言主神社が「三竹山」と称される所以である。

神紋は「九曜紋」です。
境内も広く、拝殿は雄壮でした。
本日、唯一「御朱印」を戴くことができました。

珍しく湧き水があり「ご神水」となっていました。銅板葺一間社流造の本殿は綺麗でした。



















茂侶神社(流山)

 最後の参拝先は、流山市に鎮座する式内社「茂侶神社」です。茂呂神社の比定社は、ここ流山、松戸・船橋、埼玉県吉川市と幾つかありますが、たぶんここが一番の比定社ではないだろうか。
「もろ」とは、御諸という説が一番有力で、三輪の大物主命がご祭神である。
街中の道路沿いにあるの小さな境内だが、神域は厳か。赤い両部鳥居は美しく、16時過ぎすでに灯籠が灯っていました。

 拝殿は、古社らしく質素な趣き。

本殿は流造。勝男木に「三つ巴」紋。

これにて7社参拝。260kmの神社巡りとなりました。